イノベーションと変革
変革は難しいという話をよく耳にする一方で、過去から見るとこれまで人類は変革を重ねてきています。一般的に、変革はどのような時に発生し、どのような経緯で「変革」と認知されるものなのでしょうか。改善や進化の積み上げだけでは変革はできないのでしょうか。
社会環境は常に変化しており、現状とのギャップは様々なレベルの「問題」になって現れます。それぞれの問題への企業としての対策が「改善・進化」なのか「変革」なのかは、それが企業全体にもたらす影響の大きさによって分かれると考えれられます。
短期視点では、人間が付加価値を出す仕事の多くは「改善・進化」であると言えます。改善が積み重なり、中長期の視点で振り返った時に「変革」だったと判断する場合もあるかもしれませんし、中長期の視点でビジョンと計画を練り、それに従って個々の改善を進めることで「変革」にたどり着く場合もあるでしょう。
私は、変革のタイミングは大きく2種類あると考えています。一つは社会全体があるイノベーションの波に飲み込まれる時です。そしてもう一つは、イノベーション発生の有無にかかわらず、その企業の環境が大きく変わるべき時です。
「イノベーション」は、社会に新しい価値が「生み」出され、人の行動や仕組みが変わる「現象」であり、「変革」は人間が従来の物事の本質的部分を意図的に「変化」させる「プロセス」です。つまり、変革が急速に進む背景としてイノベーションの発生は無視できません。当然ながら、イノベーションによる環境変化は大きく急速であることが想定されるため、それに伴う企業としての対処も「改善・進化」ではなく「変革」レベルになるでしょう。
イノベーションの発端となる新技術の多くは、登場時において「今までのモノやコトを置き換えるもの」としてとらえられます。たとえば、最初の自動車は1769年にフランスで発明されました[1]。その後進化を続けて今に至るわけですが、生まれた時は「馬」や「牛」、「馬車」の代替だと考えられていました。ガソリン自動車が生まれた19世紀末の時点でも、自動車製造が世界の経済を左右する一大産業になるなどとは誰も予測できなかったでしょう。
1455年に発明されたグーテンベルクの印刷機は修道僧による聖書を中心にした古文献の筆写を機械の作業に置き換えるものでした。印刷機が発明されるまで「本」とは聖書など古い文献を筆写して後世伝えるものだと考えられていました。筆写では大量生産はできませんから、「本」は大変貴重でそれゆえ読むことができる者も限られていました。ところが、印刷機によってまず「聖書」が大量生産され、多くの人が読める書物になったのです。
その後1513年のマキャベリの「君主論」によって参照元(筆写すべき古文献)のない書物の出版という概念が生まれたとされています。そして、1517年にはマルチン・ルターによってドイツ語による新約聖書が出版されたことで書物の民主化が進み、宗教改革の拡大と近代ドイツ語の発展に大きな影響を与えました。印刷機の発明という最初の変革から、執筆と出版という概念を生み出す次の変革までに50年という年月が必要だったわけです。印刷機が発明された時にひと飛びに「執筆・出版」という仕事がうまれなかったのは、新技術が社会に浸透するにはそれぐらいの時間が必要だからだったと考えられます。
デジタル・イノベーションの影響
パーソナル・コンピュータとインターネットから始まり生成AIに至るまでのデジタル・イノベーションの数々は私たちが直面する数々の問題の解決に不可欠なツールを生み出し、これらのツールが様々な領域で「変革」を促してきました。
現在の「電子コンピュータ」につながる直系の先祖は、砲弾の弾道計算をするため1945年にアメリカで開発された「ENIAC」です。これはまさに人による計算を代替する巨大な「設備」で、パソコンとは程遠いものでした。
一般の人が購入して自分でプログラムが作成できるという意味での最初の「パーソナル・コンピュータ」は1975年にMITS(Micro Instrumentation and Telemetry Systems)社が発売した「Altair 8800」とされています。
得意としていた電卓市場の崩壊で経営危機に陥ったMITSは、起死回生策として当時としては高性能のIntel 8080 というCPUを格安で仕入れ、コンピュータキット「Altair 8800」を開発しました。Altair 8800が発売された時、これまで大組織に占有されていた「コンピュータ」の能力を個人が格安(キット版は439ドル)で購入し使うことができるようになったということで、多くのホビイスト(拡張や改良などを自分で行う手作り派)たちが熱狂したのです。
ENIAC(Electronic Numerical Integrator and Computer, 1946)
Altair 8800は、MITSが経営危機を脱するために設定した販売目標200台に対し、初月だけで4,000台の受注があったとされています。そして、こうして生まれたパーソナル・コンピュータ市場でMicrosoftやAppleといった企業が育っていきました。
MITSは世の中に大変化を巻き起こそうと企図して「Altair 8800」を販売したわけではなかったはずです。しかし、電卓はダメでこれからはパーソナル・コンピュータに可能性があると判断し実行したのは彼らです。ただ、それだけではなく「PCは個人の能力を拡張するツール」という概念がちょうど良いタイミングで世の中に広がりつつあったことが、急速な普及に影響したと考えられます。
PCの可能性を示唆するこの概念を生みだしたのは、ダグラス・エンゲルバート(Douglas Engelbart)です。彼は1962年の論文 『Augmenting Human Intellect: A Conceptual Framework』 で、コンピュータの本質を 「人間の知的能力を増強するための道具」と定義しました。そして1968年には実際にPCの原型(マウス、GUI、ハイパーテキスト)を発明し実装することでその思想を披露しています。エンゲルバートは社会が複雑化すると問題解決のための計算はより複雑になるとし、人間の知的能力の中でも「問題解決能力」を高めるためのツールとして現在のPCの基本要素を発明したのです。この概念に強く感銘を受けたスティーブ・ジョブズが、1984年にマウスやGUI を導入した最初のPC「Macintosh」(マッキントッシュ)を世に出した[2]ことは広く知れています。
Altair 8800 (Micro Instrumentation and Telemetry Systems, 1975)
しかし、期待は大きくなったものの、初期のパソコンの能力は限られていました。このため、一般にはPCはホビイストが使う機器として捉えられ、インターネットが普及し始め、Windows95が世に出た1990年代後半もしばらくこの地位に甘んじてきました。多くの人が仕事だけでなく生活でもパーソナル・コンピュータを使うようになったのは2000年代初頭になってからです。
現在はエンゲルバートの予想通り、社会環境の進化によって解決すべき問題はより複雑になり、それに合わせて問題解決ツールとしてのPCも急速に進化しました。今ではAIを使えるまでに能力を高めてきたわけですが、「人間の問題解決能力を拡張する」という役割は変わっていないと言えるでしょう[3]。
イノベーションと変革の状況を見極める
印刷技術の発明は「本は人間が筆写するもの」という概念を変え、さらにそこから「書物によって情報や知識、文化を人々に伝える」という出版の概念が誕生しました。コンピュータは「計算は人がするもの」という概念を変え、そこから「人間の問題解決能力を拡張するツール」という概念が提示され、PCをはじめとした新しい技術や産業が次々と生み出されてきました。
現代でも「人間の問題解決能力を拡張する」というPCの役割は変わりませんが、大市場を生み出し人々の生活や考え方を変えたPCとそれに付帯する一連の技術は「計算機」時代から大きく進化した、一つの大きなイノベーションを成したと言っても良いでしょう。
こうした例からもわかるとおり、新技術とそれを支える概念は、新技術から新しい概念が生まれ、新しい概念から新技術が生まれる、というスパイラルの関係だといえるでしょう。さらに、イノベーションとそれに伴う個々の組織での「変革」はある瞬間に物事が一挙に変わる、というものではなく、相当の時間が必要な段階的変化であることがわかります。数十年単位で技術と概念が相互作用して進化し、知らないうちに多くの人の考え方や行動が変わっていく、ということです。さらに、技術を支える概念の役割は2種類あるということに気が付きます。それは、「過去の代替を促す」ものと「新しい道を示す」ものです。初期段階では前者であり、それがある程度完了すると後者が生まれます。
つまり、一言で「変革」と表現されますが、イノベーションの大きな波の中での活動ととらえた場合、既存の仕事を新しいもので代替する「変革」と、それが完了した後に新しい価値を生み出す「変革」があるということです。「変革をせよ」となった時の「変革」は初期的な対応の話なのか、全く新しい価値を生み出す対応の話なのかを切り分けて考える必要がありそうです。
つまり、一言で「変革」と表現されますが、イノベーションの大きな波の中での活動ととらえた場合、既存の仕事を新しいもので代替する「変革」と、それが完了した後に新しい価値を生み出す「変革」があるということです。組織の中で「変革をせよ」と言われた時の「変革」は初期的な対応のことなのか、全く新しい価値を生み出すことなのかを考える必要があると思います。
現代でもAIに代替される職業や不要になる職種は何かといったことが取りざたされていますが、AIは人間の問題解決がより複雑になったので、それをサポートするために生まれた手段とだと考えられます。かつて印刷機やPCが生まれた時と同様に、仕事が奪われたのではなく、より付加価値のある仕事に時間をかけられるようになっただけなのです。
これまでは時間がかかった問題が短時間で解決できるようになると、より多くの仕事をこなすことができるようになります。そして人間はそれらの仕事の付加価値のある部分を担当します。従来はその前段階の仕事に時間がかかっていたので付加価値のある仕事にかけられる時価も限られました。もともと付加価値のある仕事を目的に「前さばき」をしていたのだが、それを機械が代わりにやってくれるようになった、と考えると人手が増えて困ることはないでしょう。より付加価値のある仕事に注力てきるのですから。
未来を正確に言い当てることは困難ですが、過去の事例を見れば新旧技術の交替はイノベーションの最初の一歩にすぎないことがわかります。新技術が旧技術をあらかた駆逐して世の中に浸透すると付加価値に注力する時間が増え、そこから新概念が生まれます。さらに、新概念を実現する形で技術の進化が促され「真の価値」が認識されますが、この時にはじめて一連の流れが「真のイノベーション」だったのだと認識されます。
そして、人間が意図的に行う「変革」はやはり新旧技術の交代時には「交代」そのものが変革になり、イノベーションが認知された時には「真の価値を活用すること」が「変革」として認識されると考えられます。
つまり「問題解決」の中でイノベーションや変革が視野に入るのであれば、それが今どの段階なのかを検討してみる必要があります。それがまだ初期導入の段階なのか、全く新しい価値を生みだそうとしているかということです。技術交替が中心の初期段階であれば、たんに導入に終わらせない努力が必要ですし、新しい価値を生みだす段階で自分たちが何もしていなのであれば、技術の切り替えは変革ではなく当たり前のことになり、そこで本来求められるのは近い将来に何が起こるのかを既存の価値観を捨てて考えることです。逆にこの過程を認識せず、初期段階で無理に「新価値」を生みだそうとてしも、おそらく自分たち以外の他の組織が付いて来ず、「未来的ではあるけれど失敗」という烙印を押されることになるでしょう。
現在急速に普及しているAIはすでに「代替」や「改善・改良」の範疇に入れることは困難なものになりつつあります。たんに生活上の面倒な問題解決を手伝ってくれるツールとしてではない、新しい捉え方をするべき環境になってきています。我々はまさに今、新しい「イノベーション」を認識する寸前の時期に居るのでしょう。
[1] 自動車が生まれた時期はその定義にもよりますが、一般にはフランスの「ニコラ-ジョセフ キュニョー(Nicolas-Joseph Cugnot)」が1769年に作った「火のクルマ」(蒸気自動車)が最初の自動車と言われています。
[2] スティーブ・ジョブズはエンゲルバートの思想を受け継いだアラン・ケイの研究成果を見てMacintoshの開発を思い立ったと言われています。
[3] エンゲルバートの概念を適用するのであれば、AIは人の仕事を奪うのではなく、人間がより複雑な問題解決できるようにするツールであると考えることができます。つまり、人間に与えられた一番重要な仕事は解決すべき問題を見つけだすことだと言えます。
イノベーションと変革
変革は難しいという話をよく耳にする一方で、過去から見るとこれまで人類は変革を重ねてきています。一般的に、変革はどのような時に発生し、どのような経緯で「変革」と認知されるものなのでしょうか。改善や進化の積み上げだけでは変革はできないのでしょうか。
社会環境は常に変化しており、現状とのギャップは様々なレベルの「問題」になって現れます。それぞれの問題への企業としての対策が「改善・進化」なのか「変革」なのかは、それが企業全体にもたらす影響の大きさによって分かれると考えれられます。
短期視点では、人間が付加価値を出す仕事の多くは「改善・進化」であると言えます。改善が積み重なり、中長期の視点で振り返った時に「変革」だったと判断する場合もあるかもしれませんし、中長期の視点でビジョンと計画を練り、それに従って個々の改善を進めることで「変革」にたどり着く場合もあるでしょう。
私は、変革のタイミングは大きく2種類あると考えています。一つは社会全体があるイノベーションの波に飲み込まれる時です。そしてもう一つは、イノベーション発生の有無にかかわらず、その企業の環境が大きく変わるべき時です。
「イノベーション」は、社会に新しい価値が「生み」出され、人の行動や仕組みが変わる「現象」であり、「変革」は人間が従来の物事の本質的部分を意図的に「変化」させる「プロセス」です。つまり、変革が急速に進む背景としてイノベーションの発生は無視できません。当然ながら、イノベーションによる環境変化は大きく急速であることが想定されるため、それに伴う企業としての対処も「改善・進化」ではなく「変革」レベルになるでしょう。
イノベーションの発端となる新技術の多くは、登場時において「今までのモノやコトを置き換えるもの」としてとらえられます。たとえば、最初の自動車は1769年にフランスで発明されました[1]。その後進化を続けて今に至るわけですが、生まれた時は「馬」や「牛」、「馬車」の代替だと考えられていました。ガソリン自動車が生まれた19世紀末の時点でも、自動車製造が世界の経済を左右する一大産業になるなどとは誰も予測できなかったでしょう。
1455年に発明されたグーテンベルクの印刷機は修道僧による聖書を中心にした古文献の筆写を機械の作業に置き換えるものでした。印刷機が発明されるまで「本」とは聖書など古い文献を筆写して後世伝えるものだと考えられていました。筆写では大量生産はできませんから、「本」は大変貴重でそれゆえ読むことができる者も限られていました。ところが、印刷機によってまず「聖書」が大量生産され、多くの人が読める書物になったのです。
その後1513年のマキャベリの「君主論」によって参照元(筆写すべき古文献)のない書物の出版という概念が生まれたとされています。そして、1517年にはマルチン・ルターによってドイツ語による新約聖書が出版されたことで書物の民主化が進み、宗教改革の拡大と近代ドイツ語の発展に大きな影響を与えました。印刷機の発明という最初の変革から、執筆と出版という概念を生み出す次の変革までに50年という年月が必要だったわけです。印刷機が発明された時にひと飛びに「執筆・出版」という仕事がうまれなかったのは、新技術が社会に浸透するにはそれぐらいの時間が必要だからだったと考えられます。
デジタル・イノベーションの影響
パーソナル・コンピュータとインターネットから始まり生成AIに至るまでのデジタル・イノベーションの数々は私たちが直面する数々の問題の解決に不可欠なツールを生み出し、これらのツールが様々な領域で「変革」を促してきました。
現在の「電子コンピュータ」につながる直系の先祖は、砲弾の弾道計算をするため1945年にアメリカで開発された「ENIAC」です。これはまさに人による計算を代替する巨大な「設備」で、パソコンとは程遠いものでした。
一般の人が購入して自分でプログラムが作成できるという意味での最初の「パーソナル・コンピュータ」は1975年にMITS(Micro Instrumentation and Telemetry Systems)社が発売した「Altair 8800」とされています。
得意としていた電卓市場の崩壊で経営危機に陥ったMITSは、起死回生策として当時としては高性能のIntel 8080 というCPUを格安で仕入れ、コンピュータキット「Altair 8800」を開発しました。Altair 8800が発売された時、これまで大組織に占有されていた「コンピュータ」の能力を個人が格安(キット版は439ドル)で購入し使うことができるようになったということで、多くのホビイスト(拡張や改良などを自分で行う手作り派)たちが熱狂したのです。
Altair 8800は、MITSが経営危機を脱するために設定した販売目標200台に対し、初月だけで4,000台の受注があったとされています。そして、こうして生まれたパーソナル・コンピュータ市場でMicrosoftやAppleといった企業が育っていきました。
MITSは世の中に大変化を巻き起こそうと企図して「Altair 8800」を販売したわけではなかったはずです。しかし、電卓はダメでこれからはパーソナル・コンピュータに可能性があると判断し実行したのは彼らです。ただ、それだけではなく「PCは個人の能力を拡張するツール」という概念がちょうど良いタイミングで世の中に広がりつつあったことが、急速な普及に影響したと考えられます。
PCの可能性を示唆するこの概念を生みだしたのは、ダグラス・エンゲルバート(Douglas Engelbart)です。彼は1962年の論文 『Augmenting Human Intellect: A Conceptual Framework』 で、コンピュータの本質を 「人間の知的能力を増強するための道具」と定義しました。そして1968年には実際にPCの原型(マウス、GUI、ハイパーテキスト)を発明し実装することでその思想を披露しています。エンゲルバートは社会が複雑化すると問題解決のための計算はより複雑になるとし、人間の知的能力の中でも「問題解決能力」を高めるためのツールとして現在のPCの基本要素を発明したのです。この概念に強く感銘を受けたスティーブ・ジョブズが、1984年にマウスやGUI を導入した最初のPC「Macintosh」(マッキントッシュ)を世に出した[2]ことは広く知れています。
しかし、期待は大きくなったものの、初期のパソコンの能力は限られていました。このため、一般にはPCはホビイストが使う機器として捉えられ、インターネットが普及し始め、Windows95が世に出た1990年代後半もしばらくこの地位に甘んじてきました。多くの人が仕事だけでなく生活でもパーソナル・コンピュータを使うようになったのは2000年代初頭になってからです。
現在はエンゲルバートの予想通り、社会環境の進化によって解決すべき問題はより複雑になり、それに合わせて問題解決ツールとしてのPCも急速に進化しました。今ではAIを使えるまでに能力を高めてきたわけですが、「人間の問題解決能力を拡張する」という役割は変わっていないと言えるでしょう[3]。
イノベーションと変革の状況を見極める
印刷技術の発明は「本は人間が筆写するもの」という概念を変え、さらにそこから「書物によって情報や知識、文化を人々に伝える」という出版の概念が誕生しました。コンピュータは「計算は人がするもの」という概念を変え、そこから「人間の問題解決能力を拡張するツール」という概念が提示され、PCをはじめとした新しい技術や産業が次々と生み出されてきました。
現代でも「人間の問題解決能力を拡張する」というPCの役割は変わりませんが、大市場を生み出し人々の生活や考え方を変えたPCとそれに付帯する一連の技術は「計算機」時代から大きく進化した、一つの大きなイノベーションを成したと言っても良いでしょう。
こうした例からもわかるとおり、新技術とそれを支える概念は、新技術から新しい概念が生まれ、新しい概念から新技術が生まれる、というスパイラルの関係だといえるでしょう。さらに、イノベーションとそれに伴う個々の組織での「変革」はある瞬間に物事が一挙に変わる、というものではなく、相当の時間が必要な段階的変化であることがわかります。数十年単位で技術と概念が相互作用して進化し、知らないうちに多くの人の考え方や行動が変わっていく、ということです。さらに、技術を支える概念の役割は2種類あるということに気が付きます。それは、「過去の代替を促す」ものと「新しい道を示す」ものです。初期段階では前者であり、それがある程度完了すると後者が生まれます。
つまり、一言で「変革」と表現されますが、イノベーションの大きな波の中での活動ととらえた場合、既存の仕事を新しいもので代替する「変革」と、それが完了した後に新しい価値を生み出す「変革」があるということです。「変革をせよ」となった時の「変革」は初期的な対応の話なのか、全く新しい価値を生み出す対応の話なのかを切り分けて考える必要がありそうです。
つまり、一言で「変革」と表現されますが、イノベーションの大きな波の中での活動ととらえた場合、既存の仕事を新しいもので代替する「変革」と、それが完了した後に新しい価値を生み出す「変革」があるということです。組織の中で「変革をせよ」と言われた時の「変革」は初期的な対応のことなのか、全く新しい価値を生み出すことなのかを考える必要があると思います。
現代でもAIに代替される職業や不要になる職種は何かといったことが取りざたされていますが、AIは人間の問題解決がより複雑になったので、それをサポートするために生まれた手段とだと考えられます。かつて印刷機やPCが生まれた時と同様に、仕事が奪われたのではなく、より付加価値のある仕事に時間をかけられるようになっただけなのです。
これまでは時間がかかった問題が短時間で解決できるようになると、より多くの仕事をこなすことができるようになります。そして人間はそれらの仕事の付加価値のある部分を担当します。従来はその前段階の仕事に時間がかかっていたので付加価値のある仕事にかけられる時価も限られました。もともと付加価値のある仕事を目的に「前さばき」をしていたのだが、それを機械が代わりにやってくれるようになった、と考えると人手が増えて困ることはないでしょう。より付加価値のある仕事に注力てきるのですから。
未来を正確に言い当てることは困難ですが、過去の事例を見れば新旧技術の交替はイノベーションの最初の一歩にすぎないことがわかります。新技術が旧技術をあらかた駆逐して世の中に浸透すると付加価値に注力する時間が増え、そこから新概念が生まれます。さらに、新概念を実現する形で技術の進化が促され「真の価値」が認識されますが、この時にはじめて一連の流れが「真のイノベーション」だったのだと認識されます。
そして、人間が意図的に行う「変革」はやはり新旧技術の交代時には「交代」そのものが変革になり、イノベーションが認知された時には「真の価値を活用すること」が「変革」として認識されると考えられます。
つまり「問題解決」の中でイノベーションや変革が視野に入るのであれば、それが今どの段階なのかを検討してみる必要があります。それがまだ初期導入の段階なのか、全く新しい価値を生みだそうとしているかということです。技術交替が中心の初期段階であれば、たんに導入に終わらせない努力が必要ですし、新しい価値を生みだす段階で自分たちが何もしていなのであれば、技術の切り替えは変革ではなく当たり前のことになり、そこで本来求められるのは近い将来に何が起こるのかを既存の価値観を捨てて考えることです。逆にこの過程を認識せず、初期段階で無理に「新価値」を生みだそうとてしも、おそらく自分たち以外の他の組織が付いて来ず、「未来的ではあるけれど失敗」という烙印を押されることになるでしょう。
現在急速に普及しているAIはすでに「代替」や「改善・改良」の範疇に入れることは困難なものになりつつあります。たんに生活上の面倒な問題解決を手伝ってくれるツールとしてではない、新しい捉え方をするべき環境になってきています。我々はまさに今、新しい「イノベーション」を認識する寸前の時期に居るのでしょう。
[1] 自動車が生まれた時期はその定義にもよりますが、一般にはフランスの「ニコラ-ジョセフ キュニョー(Nicolas-Joseph Cugnot)」が1769年に作った「火のクルマ」(蒸気自動車)が最初の自動車と言われています。
[2] スティーブ・ジョブズはエンゲルバートの思想を受け継いだアラン・ケイの研究成果を見てMacintoshの開発を思い立ったと言われています。
[3] エンゲルバートの概念を適用するのであれば、AIは人の仕事を奪うのではなく、人間がより複雑な問題解決できるようにするツールであると考えることができます。つまり、人間に与えられた一番重要な仕事は解決すべき問題を見つけだすことだと言えます。
AUTHOR
DEKOSUKE