ブランドとマーケティング
今回は、AIの普及による「ブランド」「マーケティング」の変化について考えたいと思います。検討にあたっては、この二つの分野の進化の過程を整理することから始めます。
「ブランド」は英語では「brand」、「焼き印をつける」という意味を持つ古ノルド語の「brandr」が語源だ。家畜に焼き印を押して所有者を示す行為がブランドの始まりとされています。
その後、商業の発展とともに商品の品質保証や識別のための「商標」の意味が加わり、さらに製品やサービスに関連付けられたアイデンティティやイメージ(高品質、信頼性、おしゃれなど)、何らかの価値(消費者の支持、知名度、信頼度など)を示すものとして扱われるようになりました。
そして、現代においてブランドは単なる商標を超え、消費者との感情的なつながりや、文化的・社会的な意味、さらには資産的価値までも持つようになっています。
1950年代半ばからブランドの差別化やブランド・ロイヤルティの重要性が指摘[1] され、1960-1970年代にフィリップ・コトラーがマーケティング理論を体系化[2] するにあたり、ブランドをマーケティング・ミックスの一部として位置付けました。
ブランド論やブランドマネジメントの研究分野が本格的に形成されたのは、1980年代後半から1990年代初頭にかけてだと言われています。特にM&Aが盛んになった米国においてブランドを重要な資産としてとらえる「ブランド・エクイティ(Brand Equity)」という概念が生まれ、研究対象として認識されるようになりました。
その中でも、デービッド・アーカーのブランド・エクイティ論[3] とケビン・ケラーのブランドマネジメント論[4] はブランドに関する研究や議論に大きな影響を与えています。それぞれが注目するポイントは異なっていて、アーカーは資産としてのブランド構築と管理について、ケラーは消費者との接点を最適化するマーケティング戦略に活用するためのブランド論となっています。
当初はマーケティング活動の一部としてとらえられていたブランド論でしたが、マーケティングと並ぶ概念となり、さらに現在はより大きい範囲である企業戦略や組織文化と関係する重要な研究分野と位置付けられるようになったのです。
一般的なブランドの定義
上記のように現在もさかんに研究が進められて概念が日々進化していることもあり、ブランドという言葉はわかるようでわからないところがあります。普段私たちは簡単にブランドという言葉を使いますが、それを定義せよと言われると適切で簡潔な言葉で説明するのはなかなか困難です。
理解の補助線として、ブランドについて何人かの著名な人物による定義を確認てみましょう。
ブランドとは、名前、用語、デザイン、シンボル、またはこれらの組み合わせによって、競争者の提供する製品やサービスと差別化するための識別子である フィリップ・コトラー
ブランドとは、顧客の心の中で築かれた資産(信頼、ロイヤリティ、品質、親しみやすさ、パーセプションなど)の集合体である デービッド・アーカー
ブランドとは、商品やサービスを他社のものと識別し、かつ差別化するために用いる名称、記号、デザイン、シンボルその他の特徴を意味する アメリカ・マーケティング協会(AMA)
フィリップ・コトラー、ケビン・レーン・ケラーの共同著書である「コトラー&ケラーのマーケティングマネジメント」(2014)ではブランド・エクイティについて語る章で以下のように記載しています。
プロのマーケターに最も特有のスキルはおそらく、ブランドを創造し、維持し、向上させ、守っていく能力だろう。ブランディングは、マーケティングの優先事項になってきている。
ブランドとは本質的に、製品やサービスの期待パフォーマンスを提供するというマーケターの約束である。ブランド・プロミスは、ブランドがどうあるべきか、消費者に何をすべきかについてのマーケターの見解である。 フィリップ・コトラー、ケビン・レーン・ケラー
コトラーやAMAはブランドを「識別子」と割り切っており、現代のブランド定義よりもシンプルなものとして認識しています。コトラーと共著しているケラーはブランディングをマーケティングの優先事項とし、その内容は「マーケターの顧客への約束」だとしています。
さらに、アーカーはブランド・エクイティを「顧客の心の中に築かれた資産」であるとし、ブランド・エクイティを中心に企業文化や企業組織を最適化すべきだとしています。
なお、これらの考え方は現代におけるブランドの個々の側面を言い表していて、どれが正しいということではありません。担当している業種や企業・職種によっても注目するポイントは異なるでしょう。
ブランド・エクイティが重要になるわけ
現在におけるブランドの定義や役割がある程度整理できたました。ここからは、なぜブランドはそれほど重要なのかをもう少し考察します。
ブランディングを通じてブランド・エクイティと呼ばれる目に見えない付加価値を蓄積することで、ブランドのメリットが生まれます。単に製品やサービスに名前やロゴを付けただけではあまり意味がありません。
では実際に得られるメリットとはどのようなものなのでしょうか。 ここは「コトラー&ケラーのマーケティングマネジメント」から引用させてもらいます。
• 製品パフォーマンスについての知覚向上
• より大きなロイヤルティ
• 競合他社のマーケティング行動への抵抗力
• マーケティング危機への抵抗力
• マージンの拡大
• 値下げに対する消費者反応の非弾力化
• 値上げに対する消費者反応の弾力化
• 取引協力とサポート強化
• マーケティング・コミュニケーション効果の増大
• ライセンス供与を行う機会の可能性
• さらなるブランド拡張の機会
顧客との信頼関係が構築できれば、たとえば製品・サービスに対する反応が良くなり他社製品より自社製品を選んでくれる可能性が高くなります。特にロイヤルティの高い顧客は値段が高くても選択してくれるようになり、何らかの問題が発生したとしても離反しにくくなります。
蓄積されたブランド・エクイティは過去から現在・未来のマーケティングをブランドの文脈でつなげる機能を持っています。このため留意しなければならないのは、製品やサービスに費やされるマーケティング費用はブランド・エクイティの蓄積のための投資であることを理解し、一つ一つの活動をブランド視点で吟味することです。本来の文脈に合わない「マーケティング」はブランドを棄損するため、正確にはマーケティングとは言い難い行為になるといえるでしょう。
マーケティングが先かブランドが先か
ブランドの重要性はわかるとしても、マーケティングを考えてブランドを整備するのか、ブランドが存在するからマーケティングが行われるのか、どのように考えれば良いのか議論が分かれるところではないかと思います。
「マーケティングは企業全体の活動である」ということは多くの人が賛同する考え方でしょう。すべての企業活動は顧客との関係に集約されることを考えれば当然です。ただ、だからといって個々の顧客接点が顧客の視点で最適な状態で成立しているかどうかは保証できません。人によってより良い顧客体験というのは異なっているので、ある顧客チャネルで良いことでも他のチャネルでは推奨されないことも考えられます。そして、それを統御するのはマーケティングであり、その統御の根拠となるのが「顧客への約束」であるブランドということになります。
企業は収益が重要になるため、多くの人が求める製品・サービスを優先して提供しています。このため、あるセグメントに向けて企画された製品でもあわよくば他のセグメントの顧客にも購入してもらいたいと考えがちです。
企業である以上、儲けのないものは作れません。たとえば、求められるすべての機能が付いていてすべての人に好まれるデザインで、全ての人が購入できるようなクルマは存在しません。また、同じ機能やデザイン・価格でもトヨタを選ぶ人もいればホンダや日産のクルマを選ぶ人もいます。
誰にでも好かれて誰にでも喜ばれるような製品・サービスを目指すのは良いですが、そうできない場合は誰が顧客なのかを明確にするのが企業の責任になります。そうでなければ、企業の言葉を信じてその製品を購入した人の中にはその選択を後悔する人が必ず出てきます。その場合、その顧客にとっても企業にとっても不幸な関係になってしまいます。
こうしたことを防いで自分たちの得意分野において社会に貢献するため、「自分たちは何者なのか、誰が顧客なのか、何を成果とするのか」を決めなければなりません。それがいわゆる「ブランド戦略」です。
ブランドは企業活動の基軸となる思想であり、企業の資産(エクイティ)でもあります。ブランドの思想と資産を活用して社会とコミュニケーションするためのあらゆる企業活動がマーケティングです。企業はブランドとマーケティングを通じて社会に最大限の貢献ができるよう組織全体を整えます。
たとえば、トヨタ自動車では、トヨタという車両ブランドの配下に事業上必要だと考えられるクルマとそのブランド戦略(サブブランド戦略)が定義され、そのクルマを販売するにあたっては、ターゲットユーザーにどのように認知させ、購入すべき人がどのように購入し、どのようにブランド・エクイティが蓄積されるのかを考えて行動するのがマーケティング、ということになります。こうした観点からは、ブランドは企業活動の中核・マーケティングは実行手段だといえるでしょう。
一方で、歴史をこれから積み上げようという新興企業がマーケティングを実行しようとしている、あるいは老舗企業であっても新ブランドを構築しようとしている場合、新たなブランド戦略を立案することになります。特に新興企業ではブランド・エクイティに頼ることはできませんから、企業として成果をあげるためには実務としてのマーケティングが第一に求められます。
この場合、新規のブランド戦略とマーケティング活動がセットで立ち上がり、実際に顧客の反応を見ながらそれぞれがスパイラルで進化していくことになります。マーケティング活動の積み重ねがブランド・エクイティを形成していくのです。
顧客体験に裏付けされた品質の重要性
ブランドとマーケティングに加えて重要な要素が「品質」です。
Apple創業者のスティーブ・ジョブズは、日本企業はマーケティングを重視していない(この例の場合は「品質が良い」と宣伝していない)のにアメリカ人が日本製品の品質が高いと評価することについて、顧客は企業のマーケティングではなく自分が体験する「品質」を重視しているからだと指摘しています[5] 。
つまり、アメリカ企業の重視するマーケティングとはその製品の本質がどうであれ「品質が高い」と外部から評価されたり、「品質が高い」と言い続けたりすれば消費者はそれを信じるという考え方ですが、実際には顧客は実体験から製品・サービスを評価しているため、マーケティングがいかに巧妙でも、製品やサービスそのものが顧客の期待に応えられていなければ意味がない、日本企業のように宣伝よりも品質向上に投資した方が良いということです。
ジョブズが語った日本の品質への敬意は、マーケティング至上主義のアメリカ企業に対する痛烈な批判でもあります。一時アクションカメラの代名詞にもなった「GoPro」が一挙に市場を失った原因の一つとして製品開発よりマーケティングに注力したことが指摘されていますが、まさにこの話にぴったり当てはまる事例です。
ジョブズ自身はマーケティングの天才だったが、それは「本質を伝える手段」としてのマーケティングであり、虚飾のためではありませんでした。本質を磨いているから、それをしっかり伝えるためのマーケティングが必要、という考え方です。
逆に、自分たちの製品・サービスは品質が高いと言いたいなら顧客が実際に手にした時にそう感じるようにするべきです。顧客への約束を守るというブランドの基本的な考え方でもあります。
アメリカ企業は宣伝通りの品質を持つ製品・サービスを顧客提供すべきだし、日本企業は高品質な製品・サービスを提供していることを顧客に認知してもらう努力をすべきだということになりますが、どちらにおいても「顧客から見た品質」を担保することが前提になります。
日本企業の品質重視の姿勢は「意味の体現」であり、スティーブ・ジョブズが得意とするマーケティングが「意味伝達の設計と実行」であるとすれば、両者を「約束・信頼」をもってつなぐのが「ブランド」の役割である、という言い方もできるでしょう。
「企業理念」と「ブランド」
製品・サービスの品質を根拠にしたマーケティングの積み重ねがブランド・エクイティであり、ブランド・エクイティが一定量を超えればブランドのメリットを行使することができるという考え方は多くの企業に当てはまります。ただ、歴史の長い企業においては「マーケティング」が存在しなくてもブランドが成り立っている場合も多いでしょう。
例えばトヨタ自動車の場合は「ブランド」や「マーケティング」という言葉は使われません。どちらかというと創業者や先人の苦労から昇華された「トヨタ生産方式」と呼ばれる思考・行動様式に基づく真摯な活動の結果、高品質に裏付けされた揺るぎのないブランド・エクイティが生まれ、精緻なマーケティングをしなくても企業活動が成り立っています。
トヨタ自動車の創業は1937年、マーケティングやブランド・エクイティという言葉が生まれたのは1950年代、高度成長期の自動車は良品廉価で作れば売れた時代ですから、トヨタがブランドやマーケティングという言葉を使って企業活動をする必要が無かかったのは当然ともいえるでしょう。
創業間もない頃のトヨタはブランドより販売活動が先行せざるを得ませんでした。欧米企業に比べて品質の劣る国産自動車[5] を製造し販売する立場では、企業組織を維持するため、まず「買っていただく」ことが重要であり、顧客の信頼を維持するために「買っていただいたあと、品質に問題があればすぐに対処する」ことが絶対に必要でした。そして、顧客からの信頼を維持向上させるためのアフターサービスが進化、そこから得た市場に関する知見を製品開発や製造の現場へのフィードバックすることで製品の品質向上が進み、やがてこれらの活動がユーザーに評価されるようになり、それらの連鎖が続くことで今のトヨタブランドが生まれた。製品と販売・アフターサービスが一体になってブランドを生み出し強化してきたといえます。
そして品質に裏付けされた強いブランド力の下、大量生産・大量消費の時代にはマーケティングを意識しなくても「良品廉価」であれば満足する顧客を見つけることができました。こうした経緯はトヨタに限らず、長い歴史を持つ、特に日本の企業であれば同様のはずです。そのような企業ではその存在意義・価値観・行動原則を示す「企業理念」が定められ、活動の軸としてきました。 近年のブランド研究では、日本の老舗企業が持つような内部向けの「企業理念」が顧客や社会など「外に対する約束」となって「ブランド」が形成されていくと考えられるようになっています。こうしたことから、「ブランド」はマーケティングの一部という位置づけではなくむしろ企業理念や文化を体現し組織を適正化する概念であるという考え方が生まれています。
「経営理念」と「ビジョン」
近年は「ビジョン経営」という言葉が生まれたように、未来の姿を指し示すことで企業活動を活性化させるべきだと主張されるようになりました。こうした流れに乗って「ビジョン」という言葉も頻繁に目にしたり聞いたりするようになっています。
では、「経営理念」と「ビジョン」はどのような関係だと考えるべきなのでしょうか。
古くはドラッカーが企業理念を「企業が社会に対して果たすべき使命」とし、ビジョンを「現実的な目標であり、組織が“何を成し遂げるか”を明確にするもの」[7] と定義しています。ドラッカーは「目的」や「成果」を重視するので、ビジョンにも戦略性を求めています。
一方、ジェームズ・C・コリンズはその著書『ビジョナリー・カンパニー』において、「ビジョンは“北極星”のような存在で、永遠に到達しないが、進むべき方向を示すもの」だとしています[8] 。さらに、以下の四つの要素をフレームとして定義し、ビジョンは抽象的なものではなく実行手段も備えるべきであると主張しています。
①コア・バリュー(価値観) ➁コア・パーパス(存在意義) ③BHAG(大胆な目標)[9] ④ビジョンの描写(具体的な未来像)
「経営理念」は永続・不変のコア・バリューに当たるものだと考えられ、前述のようにブランドの源泉でもあります。そして、ビジョンは「永遠の目標(パーパス)」だけではなく中長期的な視点での「実現可能な目標(ミッション)」との両輪で設計する必要があります。さらに、ビジョンの描写は明確かつ共感を呼ぶものであるべきです。 そして、その形成過程においてはトップの掲げる理想と現場の現実的な意見や知見の融合が重要です。この結果生まれた「ビジョン」がブランドの姿を具体化する重要要素となります。
AI時代のマーケティング
現在急速に普及している生成AIによる顧客行動の変化を簡単にまとめると、
・企業が顧客を見つけるのではなく顧客が企業や製品・サービスを選択する
・その人が自分に最適な製品・サービスを広い選択肢から選ぶ
・ブランド力が選択可否のカギになる。
・ブランド力は製品・サービスの体験価値に強く依存する
といったことが挙げられます。
顧客が自分で最適な製品・サービスを「選択」する、という観点ではAIの普及によって従来の考え方が大きく変わった、あるいはマーケティングのあるべき姿に近づいたといえるでしょう。
これまで「ターゲティング」し、できるだけ認知を図って「ファネル」を拡大し、顧客を「より多く獲得」するモデルに依存してきたマーケティング活動は見直しを迫られます。
「マーケティングの狙いはセリングを不要にすることだ。マーケティングの狙いは顧客を知り尽くし、理解しつくして、製品やサービスが顧客にぴったりと合うものになり、ひとりでに売れるようにすることである。理想をいえば、マーケティングの成果は買う気になった顧客であるべきだ。そうなれば、あとは製品やサービスを用意するだけでよい」 (ピーター・ドラッカー)
まさに、AIが「買う気になった顧客」を企業に紹介することになります。そして、企業がなすべきは顧客の期待通りの製品やサービスを提供することになります。
長い間、製品・サービスの質よりもブランディングやマーケティングが重要だと思わる傾向がありました。つまり、悪い言い方かもしれませんが「イメージでなんとかなる」と考えられる場合もあったわけです。
しかし、今は様々な情報を使ってAIが客観的に判断しますから、実体験を伴わないPRをすることは顧客を失うことにつながりかねません。
もちろん、人間が自由意志を持つ限り、マーケティングで重要なのが「認知」であることは変わらないでしょう。 一方、AIは検索の置き換えとして認知の一部を取り込みますし、理解活動については従来のマーケティングではとても及ばない効果を発揮します。
これまで、たとえばWEBサイトで製品紹介をする場合、起案・企画・デザイン・制作・公開・検証・改善といった一連の作業が必要でした。そして、どんなに精緻に検討したとしても、顧客一人一人に寄り添う対応・情報提供を実現するのは不可能だったと言えます。
しかし、生成AIの登場で一挙に状況は変わってきています。今後早い時期に、AIがその人に合わせた画面を生成し、その人に合った情報をブランドや顧客の状況に合わせた適切な表現で提供することができるようになるでしょう。
そのような環境になると、画面設計やデザインについて細かく検討する必要がなくなります。つまり、「適切なデータ」さえあれば企業が24時間365日で1to1 の顧客対応をすることが現実的 になるのです。
こうした変化がマーケティング活動に与える影響は小さくありません。消費者がAIを通じて自らをその企業の顧客だと認識する過程では、正確できめ細かい情報を用意することが最重要になります。
つまり、ブランドや製品詳細などをデータ化し、社内横断で収集・整理・公開し続ける作業が大きな価値を生む ことになります。製品やサービスは人間が考えて産み出しますから、AIが把握していない新規のデータは常にに発生します。それをしっかり消費者に届くように整備することが求められるのです。
そして、特に人間が重要になる領域は、AIと顧客との対話などから、新しい変化に気づき、手を打つ ことです。
改善のサイクルはAIのおかげで大変短くなります。つまり、サービスは今より圧倒的に早く進化し続けることになり、人間はより一層忙しくなっていくということです。
[1] Harvard Business Review誌掲載の論文(Gardner & Levy, 1955/Cunningham, 1956)
[2] 『Marketing Management』初版が1967年に出版され、その後マーケティングフレームワークが広く普及した
[3] 『Managing Brand Equity』(David Aaker, 1991)
[4] 『Strategic Brand Management』(Kevin Lane Keller, 1998)
[5] スティーブ・ジョブズのインタビュー動画(https://www.youtube.com/watch?v=acmwgQ96SsQ) 「顧客は企業のマーケティングに興味がない。顧客はどこかの企業がデミング賞を受賞した事も、どこの企業がマルコム・ボルドリッジ賞を受賞したのかも、話題にする事はない。消費者は製品やサービスに対する自分の体験から品質に対する意見を形成している」
[6] 豊田自動織機製作所のG1型トラックは1935(昭和10)年11月に発表され、12月には販売店第1号となった日の出モータースから発売された。同年中の販売台数は14台である。当初、G1型トラックはリアアクスル・ハウジングが折損する故障が多発した。(トヨタ自動車75年史 : https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/)
[7] 『現代の経営』(”The Practice of Management”, 1954)
[8] 多数のビジョンがそれぞれの組織から打ち出されることが増えているが、ビジョンを提示するのが目的になっており、多くの場合どのようにでもとれるあいまいなものである。「ビジョン」という言葉に甘えて、自分が戦略を立てなくても誰かが良きように解釈し何か実行してくれるだろうという考えがあるように見える。遂行責任や戦略が無いか、そもそもそのような考えを持っていない者が一般論を語っているからかもしれない。ビジョンを打ち出すだけでなく、それを実現するため現場の現実的な考えを融合させる努力が求められる。
[9] Big Hairy Audacious Goal:身の毛もよだつほど大胆な目標。10〜30年スパンで達成を目指す、具体的かつ挑戦的な目標を指す。スペースXの「火星に人類を送る」、Nikeの「アスリートの潜在能力を最大限に引き出す」など組織を活性化させ、限界を押し広げるために設定される。ただし、これだけだと「抽象的で実現不可能なビジョン」と捉えられてしまうので、戦略や現実的な取り組みをもって実現可能であることを示す必要がある。
ブランドとマーケティング
今回は、AIの普及による「ブランド」「マーケティング」の変化について考えたいと思います。検討にあたっては、この二つの分野の進化の過程を整理することから始めます。
「ブランド」は英語では「brand」、「焼き印をつける」という意味を持つ古ノルド語の「brandr」が語源だ。家畜に焼き印を押して所有者を示す行為がブランドの始まりとされています。
その後、商業の発展とともに商品の品質保証や識別のための「商標」の意味が加わり、さらに製品やサービスに関連付けられたアイデンティティやイメージ(高品質、信頼性、おしゃれなど)、何らかの価値(消費者の支持、知名度、信頼度など)を示すものとして扱われるようになりました。
そして、現代においてブランドは単なる商標を超え、消費者との感情的なつながりや、文化的・社会的な意味、さらには資産的価値までも持つようになっています。
1950年代半ばからブランドの差別化やブランド・ロイヤルティの重要性が指摘[1]され、1960-1970年代にフィリップ・コトラーがマーケティング理論を体系化[2]するにあたり、ブランドをマーケティング・ミックスの一部として位置付けました。
ブランド論やブランドマネジメントの研究分野が本格的に形成されたのは、1980年代後半から1990年代初頭にかけてだと言われています。特にM&Aが盛んになった米国においてブランドを重要な資産としてとらえる「ブランド・エクイティ(Brand Equity)」という概念が生まれ、研究対象として認識されるようになりました。
その中でも、デービッド・アーカーのブランド・エクイティ論[3]とケビン・ケラーのブランドマネジメント論[4]はブランドに関する研究や議論に大きな影響を与えています。それぞれが注目するポイントは異なっていて、アーカーは資産としてのブランド構築と管理について、ケラーは消費者との接点を最適化するマーケティング戦略に活用するためのブランド論となっています。
当初はマーケティング活動の一部としてとらえられていたブランド論でしたが、マーケティングと並ぶ概念となり、さらに現在はより大きい範囲である企業戦略や組織文化と関係する重要な研究分野と位置付けられるようになったのです。
一般的なブランドの定義
上記のように現在もさかんに研究が進められて概念が日々進化していることもあり、ブランドという言葉はわかるようでわからないところがあります。普段私たちは簡単にブランドという言葉を使いますが、それを定義せよと言われると適切で簡潔な言葉で説明するのはなかなか困難です。
理解の補助線として、ブランドについて何人かの著名な人物による定義を確認てみましょう。
ブランドとは、名前、用語、デザイン、シンボル、またはこれらの組み合わせによって、競争者の提供する製品やサービスと差別化するための識別子である
フィリップ・コトラー
ブランドとは、顧客の心の中で築かれた資産(信頼、ロイヤリティ、品質、親しみやすさ、パーセプションなど)の集合体である
デービッド・アーカー
ブランドとは、商品やサービスを他社のものと識別し、かつ差別化するために用いる名称、記号、デザイン、シンボルその他の特徴を意味する
アメリカ・マーケティング協会(AMA)
フィリップ・コトラー、ケビン・レーン・ケラーの共同著書である「コトラー&ケラーのマーケティングマネジメント」(2014)ではブランド・エクイティについて語る章で以下のように記載しています。
プロのマーケターに最も特有のスキルはおそらく、ブランドを創造し、維持し、向上させ、守っていく能力だろう。ブランディングは、マーケティングの優先事項になってきている。
ブランドとは本質的に、製品やサービスの期待パフォーマンスを提供するというマーケターの約束である。ブランド・プロミスは、ブランドがどうあるべきか、消費者に何をすべきかについてのマーケターの見解である。
フィリップ・コトラー、ケビン・レーン・ケラー
コトラーやAMAはブランドを「識別子」と割り切っており、現代のブランド定義よりもシンプルなものとして認識しています。コトラーと共著しているケラーはブランディングをマーケティングの優先事項とし、その内容は「マーケターの顧客への約束」だとしています。
さらに、アーカーはブランド・エクイティを「顧客の心の中に築かれた資産」であるとし、ブランド・エクイティを中心に企業文化や企業組織を最適化すべきだとしています。
なお、これらの考え方は現代におけるブランドの個々の側面を言い表していて、どれが正しいということではありません。担当している業種や企業・職種によっても注目するポイントは異なるでしょう。
ブランド・エクイティが重要になるわけ
現在におけるブランドの定義や役割がある程度整理できたました。ここからは、なぜブランドはそれほど重要なのかをもう少し考察します。
ブランディングを通じてブランド・エクイティと呼ばれる目に見えない付加価値を蓄積することで、ブランドのメリットが生まれます。単に製品やサービスに名前やロゴを付けただけではあまり意味がありません。
では実際に得られるメリットとはどのようなものなのでしょうか。
ここは「コトラー&ケラーのマーケティングマネジメント」から引用させてもらいます。
顧客との信頼関係が構築できれば、たとえば製品・サービスに対する反応が良くなり他社製品より自社製品を選んでくれる可能性が高くなります。特にロイヤルティの高い顧客は値段が高くても選択してくれるようになり、何らかの問題が発生したとしても離反しにくくなります。
蓄積されたブランド・エクイティは過去から現在・未来のマーケティングをブランドの文脈でつなげる機能を持っています。このため留意しなければならないのは、製品やサービスに費やされるマーケティング費用はブランド・エクイティの蓄積のための投資であることを理解し、一つ一つの活動をブランド視点で吟味することです。本来の文脈に合わない「マーケティング」はブランドを棄損するため、正確にはマーケティングとは言い難い行為になるといえるでしょう。
マーケティングが先かブランドが先か
ブランドの重要性はわかるとしても、マーケティングを考えてブランドを整備するのか、ブランドが存在するからマーケティングが行われるのか、どのように考えれば良いのか議論が分かれるところではないかと思います。
「マーケティングは企業全体の活動である」ということは多くの人が賛同する考え方でしょう。すべての企業活動は顧客との関係に集約されることを考えれば当然です。ただ、だからといって個々の顧客接点が顧客の視点で最適な状態で成立しているかどうかは保証できません。人によってより良い顧客体験というのは異なっているので、ある顧客チャネルで良いことでも他のチャネルでは推奨されないことも考えられます。そして、それを統御するのはマーケティングであり、その統御の根拠となるのが「顧客への約束」であるブランドということになります。
企業は収益が重要になるため、多くの人が求める製品・サービスを優先して提供しています。このため、あるセグメントに向けて企画された製品でもあわよくば他のセグメントの顧客にも購入してもらいたいと考えがちです。
企業である以上、儲けのないものは作れません。たとえば、求められるすべての機能が付いていてすべての人に好まれるデザインで、全ての人が購入できるようなクルマは存在しません。また、同じ機能やデザイン・価格でもトヨタを選ぶ人もいればホンダや日産のクルマを選ぶ人もいます。
誰にでも好かれて誰にでも喜ばれるような製品・サービスを目指すのは良いですが、そうできない場合は誰が顧客なのかを明確にするのが企業の責任になります。そうでなければ、企業の言葉を信じてその製品を購入した人の中にはその選択を後悔する人が必ず出てきます。その場合、その顧客にとっても企業にとっても不幸な関係になってしまいます。
こうしたことを防いで自分たちの得意分野において社会に貢献するため、「自分たちは何者なのか、誰が顧客なのか、何を成果とするのか」を決めなければなりません。それがいわゆる「ブランド戦略」です。
ブランドは企業活動の基軸となる思想であり、企業の資産(エクイティ)でもあります。ブランドの思想と資産を活用して社会とコミュニケーションするためのあらゆる企業活動がマーケティングです。企業はブランドとマーケティングを通じて社会に最大限の貢献ができるよう組織全体を整えます。
たとえば、トヨタ自動車では、トヨタという車両ブランドの配下に事業上必要だと考えられるクルマとそのブランド戦略(サブブランド戦略)が定義され、そのクルマを販売するにあたっては、ターゲットユーザーにどのように認知させ、購入すべき人がどのように購入し、どのようにブランド・エクイティが蓄積されるのかを考えて行動するのがマーケティング、ということになります。こうした観点からは、ブランドは企業活動の中核・マーケティングは実行手段だといえるでしょう。
一方で、歴史をこれから積み上げようという新興企業がマーケティングを実行しようとしている、あるいは老舗企業であっても新ブランドを構築しようとしている場合、新たなブランド戦略を立案することになります。特に新興企業ではブランド・エクイティに頼ることはできませんから、企業として成果をあげるためには実務としてのマーケティングが第一に求められます。
この場合、新規のブランド戦略とマーケティング活動がセットで立ち上がり、実際に顧客の反応を見ながらそれぞれがスパイラルで進化していくことになります。マーケティング活動の積み重ねがブランド・エクイティを形成していくのです。
顧客体験に裏付けされた品質の重要性
ブランドとマーケティングに加えて重要な要素が「品質」です。
Apple創業者のスティーブ・ジョブズは、日本企業はマーケティングを重視していない(この例の場合は「品質が良い」と宣伝していない)のにアメリカ人が日本製品の品質が高いと評価することについて、顧客は企業のマーケティングではなく自分が体験する「品質」を重視しているからだと指摘しています[5]。
つまり、アメリカ企業の重視するマーケティングとはその製品の本質がどうであれ「品質が高い」と外部から評価されたり、「品質が高い」と言い続けたりすれば消費者はそれを信じるという考え方ですが、実際には顧客は実体験から製品・サービスを評価しているため、マーケティングがいかに巧妙でも、製品やサービスそのものが顧客の期待に応えられていなければ意味がない、日本企業のように宣伝よりも品質向上に投資した方が良いということです。
ジョブズが語った日本の品質への敬意は、マーケティング至上主義のアメリカ企業に対する痛烈な批判でもあります。一時アクションカメラの代名詞にもなった「GoPro」が一挙に市場を失った原因の一つとして製品開発よりマーケティングに注力したことが指摘されていますが、まさにこの話にぴったり当てはまる事例です。
ジョブズ自身はマーケティングの天才だったが、それは「本質を伝える手段」としてのマーケティングであり、虚飾のためではありませんでした。本質を磨いているから、それをしっかり伝えるためのマーケティングが必要、という考え方です。
逆に、自分たちの製品・サービスは品質が高いと言いたいなら顧客が実際に手にした時にそう感じるようにするべきです。顧客への約束を守るというブランドの基本的な考え方でもあります。
アメリカ企業は宣伝通りの品質を持つ製品・サービスを顧客提供すべきだし、日本企業は高品質な製品・サービスを提供していることを顧客に認知してもらう努力をすべきだということになりますが、どちらにおいても「顧客から見た品質」を担保することが前提になります。
日本企業の品質重視の姿勢は「意味の体現」であり、スティーブ・ジョブズが得意とするマーケティングが「意味伝達の設計と実行」であるとすれば、両者を「約束・信頼」をもってつなぐのが「ブランド」の役割である、という言い方もできるでしょう。
「企業理念」と「ブランド」
製品・サービスの品質を根拠にしたマーケティングの積み重ねがブランド・エクイティであり、ブランド・エクイティが一定量を超えればブランドのメリットを行使することができるという考え方は多くの企業に当てはまります。ただ、歴史の長い企業においては「マーケティング」が存在しなくてもブランドが成り立っている場合も多いでしょう。
例えばトヨタ自動車の場合は「ブランド」や「マーケティング」という言葉は使われません。どちらかというと創業者や先人の苦労から昇華された「トヨタ生産方式」と呼ばれる思考・行動様式に基づく真摯な活動の結果、高品質に裏付けされた揺るぎのないブランド・エクイティが生まれ、精緻なマーケティングをしなくても企業活動が成り立っています。
トヨタ自動車の創業は1937年、マーケティングやブランド・エクイティという言葉が生まれたのは1950年代、高度成長期の自動車は良品廉価で作れば売れた時代ですから、トヨタがブランドやマーケティングという言葉を使って企業活動をする必要が無かかったのは当然ともいえるでしょう。
創業間もない頃のトヨタはブランドより販売活動が先行せざるを得ませんでした。欧米企業に比べて品質の劣る国産自動車[5]を製造し販売する立場では、企業組織を維持するため、まず「買っていただく」ことが重要であり、顧客の信頼を維持するために「買っていただいたあと、品質に問題があればすぐに対処する」ことが絶対に必要でした。そして、顧客からの信頼を維持向上させるためのアフターサービスが進化、そこから得た市場に関する知見を製品開発や製造の現場へのフィードバックすることで製品の品質向上が進み、やがてこれらの活動がユーザーに評価されるようになり、それらの連鎖が続くことで今のトヨタブランドが生まれた。製品と販売・アフターサービスが一体になってブランドを生み出し強化してきたといえます。
そして品質に裏付けされた強いブランド力の下、大量生産・大量消費の時代にはマーケティングを意識しなくても「良品廉価」であれば満足する顧客を見つけることができました。こうした経緯はトヨタに限らず、長い歴史を持つ、特に日本の企業であれば同様のはずです。そのような企業ではその存在意義・価値観・行動原則を示す「企業理念」が定められ、活動の軸としてきました。 近年のブランド研究では、日本の老舗企業が持つような内部向けの「企業理念」が顧客や社会など「外に対する約束」となって「ブランド」が形成されていくと考えられるようになっています。こうしたことから、「ブランド」はマーケティングの一部という位置づけではなくむしろ企業理念や文化を体現し組織を適正化する概念であるという考え方が生まれています。
「経営理念」と「ビジョン」
近年は「ビジョン経営」という言葉が生まれたように、未来の姿を指し示すことで企業活動を活性化させるべきだと主張されるようになりました。こうした流れに乗って「ビジョン」という言葉も頻繁に目にしたり聞いたりするようになっています。
では、「経営理念」と「ビジョン」はどのような関係だと考えるべきなのでしょうか。
古くはドラッカーが企業理念を「企業が社会に対して果たすべき使命」とし、ビジョンを「現実的な目標であり、組織が“何を成し遂げるか”を明確にするもの」[7]と定義しています。ドラッカーは「目的」や「成果」を重視するので、ビジョンにも戦略性を求めています。
一方、ジェームズ・C・コリンズはその著書『ビジョナリー・カンパニー』において、「ビジョンは“北極星”のような存在で、永遠に到達しないが、進むべき方向を示すもの」だとしています[8]。さらに、以下の四つの要素をフレームとして定義し、ビジョンは抽象的なものではなく実行手段も備えるべきであると主張しています。
➁コア・パーパス(存在意義)
③BHAG(大胆な目標)[9]
④ビジョンの描写(具体的な未来像)
「経営理念」は永続・不変のコア・バリューに当たるものだと考えられ、前述のようにブランドの源泉でもあります。そして、ビジョンは「永遠の目標(パーパス)」だけではなく中長期的な視点での「実現可能な目標(ミッション)」との両輪で設計する必要があります。さらに、ビジョンの描写は明確かつ共感を呼ぶものであるべきです。 そして、その形成過程においてはトップの掲げる理想と現場の現実的な意見や知見の融合が重要です。この結果生まれた「ビジョン」がブランドの姿を具体化する重要要素となります。
AI時代のマーケティング
現在急速に普及している生成AIによる顧客行動の変化を簡単にまとめると、
・企業が顧客を見つけるのではなく顧客が企業や製品・サービスを選択する
・その人が自分に最適な製品・サービスを広い選択肢から選ぶ
・ブランド力が選択可否のカギになる。
・ブランド力は製品・サービスの体験価値に強く依存する
といったことが挙げられます。
顧客が自分で最適な製品・サービスを「選択」する、という観点ではAIの普及によって従来の考え方が大きく変わった、あるいはマーケティングのあるべき姿に近づいたといえるでしょう。
これまで「ターゲティング」し、できるだけ認知を図って「ファネル」を拡大し、顧客を「より多く獲得」するモデルに依存してきたマーケティング活動は見直しを迫られます。
「マーケティングの狙いはセリングを不要にすることだ。マーケティングの狙いは顧客を知り尽くし、理解しつくして、製品やサービスが顧客にぴったりと合うものになり、ひとりでに売れるようにすることである。理想をいえば、マーケティングの成果は買う気になった顧客であるべきだ。そうなれば、あとは製品やサービスを用意するだけでよい」 (ピーター・ドラッカー)
まさに、AIが「買う気になった顧客」を企業に紹介することになります。そして、企業がなすべきは顧客の期待通りの製品やサービスを提供することになります。
長い間、製品・サービスの質よりもブランディングやマーケティングが重要だと思わる傾向がありました。つまり、悪い言い方かもしれませんが「イメージでなんとかなる」と考えられる場合もあったわけです。
しかし、今は様々な情報を使ってAIが客観的に判断しますから、実体験を伴わないPRをすることは顧客を失うことにつながりかねません。
もちろん、人間が自由意志を持つ限り、マーケティングで重要なのが「認知」であることは変わらないでしょう。
一方、AIは検索の置き換えとして認知の一部を取り込みますし、理解活動については従来のマーケティングではとても及ばない効果を発揮します。
これまで、たとえばWEBサイトで製品紹介をする場合、起案・企画・デザイン・制作・公開・検証・改善といった一連の作業が必要でした。そして、どんなに精緻に検討したとしても、顧客一人一人に寄り添う対応・情報提供を実現するのは不可能だったと言えます。
しかし、生成AIの登場で一挙に状況は変わってきています。今後早い時期に、AIがその人に合わせた画面を生成し、その人に合った情報をブランドや顧客の状況に合わせた適切な表現で提供することができるようになるでしょう。
そのような環境になると、画面設計やデザインについて細かく検討する必要がなくなります。つまり、「適切なデータ」さえあれば企業が24時間365日で1to1の顧客対応をすることが現実的になるのです。
こうした変化がマーケティング活動に与える影響は小さくありません。消費者がAIを通じて自らをその企業の顧客だと認識する過程では、正確できめ細かい情報を用意することが最重要になります。
つまり、ブランドや製品詳細などをデータ化し、社内横断で収集・整理・公開し続ける作業が大きな価値を生むことになります。製品やサービスは人間が考えて産み出しますから、AIが把握していない新規のデータは常にに発生します。それをしっかり消費者に届くように整備することが求められるのです。
そして、特に人間が重要になる領域は、AIと顧客との対話などから、新しい変化に気づき、手を打つことです。
改善のサイクルはAIのおかげで大変短くなります。つまり、サービスは今より圧倒的に早く進化し続けることになり、人間はより一層忙しくなっていくということです。
[1] Harvard Business Review誌掲載の論文(Gardner & Levy, 1955/Cunningham, 1956)
[2] 『Marketing Management』初版が1967年に出版され、その後マーケティングフレームワークが広く普及した
[3]『Managing Brand Equity』(David Aaker, 1991)
[4]『Strategic Brand Management』(Kevin Lane Keller, 1998)
[5] スティーブ・ジョブズのインタビュー動画(https://www.youtube.com/watch?v=acmwgQ96SsQ)
「顧客は企業のマーケティングに興味がない。顧客はどこかの企業がデミング賞を受賞した事も、どこの企業がマルコム・ボルドリッジ賞を受賞したのかも、話題にする事はない。消費者は製品やサービスに対する自分の体験から品質に対する意見を形成している」
[6] 豊田自動織機製作所のG1型トラックは1935(昭和10)年11月に発表され、12月には販売店第1号となった日の出モータースから発売された。同年中の販売台数は14台である。当初、G1型トラックはリアアクスル・ハウジングが折損する故障が多発した。(トヨタ自動車75年史 : https://www.toyota.co.jp/jpn/company/history/75years/)
[7] 『現代の経営』(”The Practice of Management”, 1954)
[8] 多数のビジョンがそれぞれの組織から打ち出されることが増えているが、ビジョンを提示するのが目的になっており、多くの場合どのようにでもとれるあいまいなものである。「ビジョン」という言葉に甘えて、自分が戦略を立てなくても誰かが良きように解釈し何か実行してくれるだろうという考えがあるように見える。遂行責任や戦略が無いか、そもそもそのような考えを持っていない者が一般論を語っているからかもしれない。ビジョンを打ち出すだけでなく、それを実現するため現場の現実的な考えを融合させる努力が求められる。
[9] Big Hairy Audacious Goal:身の毛もよだつほど大胆な目標。10〜30年スパンで達成を目指す、具体的かつ挑戦的な目標を指す。スペースXの「火星に人類を送る」、Nikeの「アスリートの潜在能力を最大限に引き出す」など組織を活性化させ、限界を押し広げるために設定される。ただし、これだけだと「抽象的で実現不可能なビジョン」と捉えられてしまうので、戦略や現実的な取り組みをもって実現可能であることを示す必要がある。
AUTHOR
DEKOSUKE