
DXが進まないのは「変革」ができないから
仕事の関係で大手企業のCIOと話をする機会がありますが、「DX」を推進してもなかなか成果が出ないと嘆く方が多いなと思います。DXの旗を振っても現場がついて来ずに表面的な対応に終わってしまう、検討の労力とコストばかりかかって成果が出にくい、といったことが主な悩みごとのようです。
「DX」とは「Digital Transformation(デジタルトランスフォーメーション)」の略で、デジタルを活用して「変革」を進めることです。この言葉が生まれたのは2000年代初め、一般に使われるようになったのはこの10年余りの間でしょう。そして、今では多くの人が現代社会の進化にはDXが不可欠だと考えるようになりました。
DXは「デジタル化」や「IT化」とは異なるとされています。DXの目的はたんなる技術の導入ではなく「変革」にあるということでしょう。「変革」とは組織や人が成果をあげ続けるために、物事の構造・本質を根本から変えて、新しい状態へと移行させることです。つまり、今まで皆が当たり前だと思っていたことを変え、さらに成果を挙げなければならないのですから、大変な知恵と労力が必要な仕事だと言えます。どちらかというと直面する問題の解決の方に重点が置かれますから、誰もがやり慣れない仕事であるわけです。
ところが、DXという言葉が使われるようになってからは、デジタルを適用すれば変革が簡単になると思っている人が増えているようです。しかし、もともと「変革」だけでも難しい仕事ですから、そこにデジタルが加わるとなるとそのハードルはさらに上がるのは当然ではないかと考えることもできます。
実際にDXの状況を確認してみると、「取組率は高いが成果が出ていない」「成果の質が効率化など内向きのものに偏っている」「人材・経営リテラシーが不足している」といった問題によって、日本はアメリカやドイツと比べ成果が出ていないとされています [1]。
もともと日本は「カイゼン」が得意で、変革はなかなか進まない国だと言われてきました。実際に「物事の構造・本質を根本から変えて、新しい状態へと移行させる」ことが次々と実行されるような話はあまり多くないように感じます。現代の社会環境では「デジタル」のリテラシーや環境はもちろん重要ですが、それよりもまず「変革」を進めることができない限り、いくらツールが進化しても日本企業のDXは困難なままなのではないでしょうか。
[1] 「DX動向2025」(独立行政法人情報処理推進機構, 2025年6月26日)による。アメリカ・ドイツではおよそ80%の企業がDXで成果があがっているとしているのに対し、日本では60%前後の企業にとどまっている。また、日本企業は78%がDXに取り組んでいるが「十分な成果」が出ているとするのは10%になっており、「やってはいるが成果が出ない」のが現状だと考えられる。
「変革」が困難な理由
特に日本においてDXが難しいのは、そもそも「変革」が困難であるからだと考えられます。それでは、その理由は何なのでしょうか。もともと変革が困難なのは当たり前だ、と言われそうですが、その原因を整理することで、企業がこれからの時代に何に注力すべきなのかが明確になるはずです。
①「変革」は目的ではない
まず、「変革」も「デジタル化」と同様手段であって目的ではないことを確認しておきたいと思います[2]。企業がデジタルを取り入れたり仕事を変えたりする時には真の目的があるはずです。それをはっきりさせることが全ての出発点になります。
どの企業にも通用する本質的な目的は、環境変化に対応して顧客を生み出し成果を出し続けられるようにすることです。この目的を実現するために企業を構成する組織や人が、普段感じる違和感や顕在化した問題に対応していくことが基本になります。つまり、「問題解決を積み重ねていく」ということです。ただし、表面的な問題をやみくもに解決していては、時間とカネが無駄なり、企業の存続する危うくしてしまいます。このため、影響の大きい問題、複数の問題の奥に存在する共通の問題に着目して解決を図ることが重要になります。
たとえば、DXをしなければならない、AIを活用しなければならない、というのは多くの場合「世の中に追いつかなければ」「新しい技術を使わなければ」といった漠然とした問題意識から発せられた命題です。しかし、他社のマネをすればよいということでありませんから、はやり企業本来の目的に照らして「なぜそうすべきなのか」を突き詰める必要があります。DXをしない・AIを使わないために顧客を失い成果を出せない状況に陥ろうとしているのか、それとも本当の原因はそれとは別、あるいはより深いところにあるのか、その対策は何か、ということを自ら問いかけることで本来の課題が見えてきます。
あくまでも企業として環境変化から生まれる問題を解決して社会への価値提供をより良くしていくことが一番の目的です。ですから、問題を解決する過程において「変革」という言葉にこだわる必要はないでしょう。「変革」を目的化し、「改善・進化」レベルで対応できることを無理やり大きくしようとするのは避けるべきです [3]。つまり、「DXを実行するにはどうしたらよいか」より先に「環境変化の中で成果を出し続けるにはどうするべきか」を真剣に考え、根源的な課題に対策をぶつけるべきだということです。 この問題解決の結果として主要な物事の構造・本質が根本から変わったり、新しい状態へと移行するのであれば「変革」という表現を使っても良いでしょう。ただし、特に国内の場合は「変革」を目的として掲げることで変革そのものが困難になることも考えられます。変革には手順があり、目指す姿に至るまでには時間がかかりますが、プロジェクトの当初から「変革する」と宣言することで、現状維持に価値を置く人や組織に警戒され、初期段階の案件までもが実行困難になり、変革の入口にすらたどり着けないといったことも起こり得ます。
[2] 2020年から2025年にかけ、EV(電気自動車)の普及を無理やり進めようとした企業が市場に受け入れられず、多くの投資が無駄になったことは、「変革」を決断するタイミングの難しさを象徴している。
[3] 目的の無い「変革」は通常業務を無駄に破壊し続け、組織や人を疲弊せる。目的なくデジタルを導入する、AIを導入する、ということもこの中に入ると考えられる。
②環境変化に判断が追いつかない
現代において「変革」レベルの問題解決を難しくしているもう一つの原因として、環境変化が以前より加速するとともに複雑化していることが挙げられます。
社会の中で常に新しい技術や概念が生まれ、置き換わるということを繰り返しているのは、環境が常に変化してるからにほかなりません。人間は常に考え、行動し何らかの変化のきっかけを作っています。その変化を受けてまた新しい変化が生まれていきます。たとえ人間が何もしなかったとしても地球環境そのものが変化していますし、実際には人間の活動も地球環境を変化させてもいますから、社会は以前に増して多様な変化にさらされています。
そして、一つの要素から複数の結果が生まれてそれぞれが進化・発展していくことから、環境はどんどん複雑になっていきます。また、様々な領域がデジタル化の影響を受けることによって環境変化は加速し、「AI時代」とも言える現在はさらにその勢いを強めているように見えます。ここまで大規模で加速度がついた環境変化はもしかすると人類が初めて経験することかもしれません。
変化が加速し複雑化するにつれ、判断しなければならない案件の数や種類も増えていきます。当然、現状維持を前提に仕事をしていると実務はどんどん辛くなるということでもあります。環境変化に対応しなければ、現実とのギャップは大きくなり、それが多くの人が感じる「違和感」となり、さらに「問題」へと変わっていきます。現代はこの一連の流れが急速かつ多岐にわたって発生していると考えられます。
③全体最適化できない
では、日々発生する問題を次々に処理していけば「変革」が進むのかといえば、そんなことはありません。企業内それぞれの組織や個人がバラバラに「改善・進化」を進めることで、複雑なルールやシステムが生まれてしまうことが往々にして発生します。このような状態になると、ある案件が他の案件の足を引っ張るといった問題が頻発し、その問題解決をするプロジェクトが生まれる、という形で本質的な目的に資する「改善・進化」のスピードはどんどん落ちていきます。
この事態を避けるためには、一つ一つの問題解決が最終的にどこにつながるのかを予測し、積み重なる改善プロジェクトに明確な役割を与え、将来に生きるような計画を持って実行することが求められます。つまり、個別組織の都合ではなく「全体最適」を目指す長期ビジョンと実行計画を描き組織内に理解させることが必要になります。
全体最適の計画を立てるには様々な分野にまたがる経験・知識が求められます。特にDXでは経営や実務の知識・ノウハウだけでなくテクノロジーを理解し、それをどの仕事にどのように適用すべきかを判断し実行する能力が求められます。しかし、そのようなことができる人材はごく限られますし、たとえ存在したとしても、さらに縦割り組織に慣れている企業の中では異物として扱われ、能力を発揮する機会を得られる人は本当にごくわずかでしょう。
また、全体最適のために各ラインと会話する場合も、「オレたちの仕事をなぜこいつらが決めるのだ、けしからん」ということになってしまう場合もあります。同じ経験をし同じ事象を目にしても立脚点の違いで判断の内容が異なり話がかみ合わないことはよくあります。ある人物が中心になって全体最適を進めようする場合、知識や理屈では通らない「感情の世界」が生まれることは私たちが人間である以上致し方ないことかもしれません。しかし、一方で頭環境変化はそれとは関係なく進行しますから、その対応は必要です。これまでも様々な組織論やリーダー論などが語られていますが、多くの人が組織の摩擦を経験することなく実践できる汎用性の高いソリューションはまだ生まれていません。
④判断の軸足を定めることが困難
全体最適の姿を描くことができない根源的な原因は、環境変化が加速し複雑化する中で次々と行われる判断や計画が企業全体の目的に照らして適切なのかどうかを見定める基準が無いことです。
デジタル以前の企業は事業の目的・目標を定めたらそれを実現するために各ラインがそれぞれの役割を果たす、という比較的明快な考え方で一定の全体最適化がなされました。しかし、デジタル化が進み社会環境が複雑化すると、それに合わせて企業組織も複雑化しました。組織が大きく複雑にになると関係者が集まって方針を整理し、上下一致してことに当たることは困難になります。このため、それぞれの組織は全体のことよりも自分たちの役割を果たすことに重点を置くようなります。個々にKPI/KGIが設定され、それを達成することが求められるようになります。
例えば、人員や予算など、限りあるリソーセスを各事業やプロジェクトに配分する場合を想像してみましょう。今まで通り最も収益を上げている事業にリソーセスを寄せるべきなのか、将来のことを考えて他の事業にも分けるべきなのかを検討するような場合です。「あなたの事業にとっては今のままが最善かもしれませんが、これからは人員の〇%、予算の〇%を他の事業に充てるのが会社全体の視点では最も顧客に支持され、収益も上がる最善の手立てなのです」と言える具体的な根拠が求められます。しかし、これまで自分たちが会社を支えてきたと考えている事業側は「自分たちはKPI/KGIを達成してきた、リソーセスを削減すればKPI/KGI達成や持続的向上が困難になるのでやめてほしい」と主張するかもしれません。
典型的な縦割り組織では、往々にして全体の目的よりも個々の組織の理屈が優先されます。また、既存のやり方でうまくいっているという認識がある場合は、次々と生まれる新技術や新概念もマユツバものだと受け取ります。こうした環境ではよほどの意識や行動力が無い限り全体最適化の視点を持つことは困難です。
全体最適の視点を持てない、持てても実行は困難、という状況から脱却するためには、経営者・中間管理職・担当者といった階層や部門やラインを超えて誰もが「何が大事なのか」「何が問題なのか」を常時・客観的に把握できる「判断の軸足」の設定が必要になると考えられます。
⑤KPI/KGIを活用しきれていない
KPI/KGIは現場の業務を管理するには便利な概念です。この言葉1990年代から一般化し、現在では様々な組織で多様なKPI/KGIが設定されています。本来の役割は「仕事を制御するための指標」であって、「基準」として利用しますが「目標ではない」という考え方です。
KGIは究極の一つの指標として表現するものではなく、企業活動を「正しい方向」に導くために複数のKGIのバランスをとっていくことが求められます。たとえば、ある部署は売り上げ・収益が重要でしょうし、ある部署は契約継続率をKGIにしているかもしれません。また、ブランド力を常に気にしている部署もあるでしょう。実際、ブランド力が上がればコスト削減や契約継続率に影響を与えるはずです。しかし、ブランド維持にばかり力を入れていれば収益を損なうことになるかもしれません。企業内の組織はそれぞれの役割の違いに合わせて重視するKGIが異なります。どうバランスをとるか、そのためにKPIを通じてどのように現場の仕事を制御するかは経営の判断にかかっています。
KPI/KGIの問題は、それぞれの組織が個々の事情に合わせて設定した各種KPI/KGIを全体最適化の観点でまとめることが困難なことです。一言でKGIのバランスを取る、といってもそれを実現するのは非常に難しいでしょう。まず、どのような形でバランスを取るのかは組織の中核になる人間の判断になります。その根源的な部分は「どのような企業でありたいか」という意思です。これを考えて徹底するだけでも大変ですが、理想のバランスを決めたとしても、その実現のためにKPIをどのようにコントロールすべきかという問題が発生します。また、全体のバランスのためには個々の組織が自己中心で動こうとするところを制御しなければならないため、政治的な問題もはらみます。さらに、環境は急速かつ多様に変化しているので、固定的にKGI/KPIを守らせるだけでは現実との乖離が進みます。
もちろん、KPI/KGIを単純にダッシュボードに集約して並べることはできるでしょう。しかし、それを通じて全体を俯瞰しようとしてもそれは不可能です。このような状態では、それぞれが自分たちの都合の良いKPI/KGIを中核にして議論をすることになります。つまり、人間対人間の駆け引き、つまり主観のぶつかり合いと調整がモノをいう状態になり、見掛け倒しのダッシュボードが完成しただけで仕事の質はほとんど変わらないか、結論を出すのに却って時間がかかるということになってしまいます。
つまり、経営者・中間管理職・担当者といった階層や部門やラインを超えて誰もが「何が大事なのか」「何が問題なのか」を常時・客観的に把握できる「判断の軸足」はたんに「KPI/KGIがあるからそれでよい」ということにはなりえないということです。組織全体を俯瞰したうえで客観的かつ責任のある意思決定が求められるのです。
KPI/KGIに意味がないわけではありません。KPI/KGIが普及したからこそ仕事を数字で表すことが定着したわけで、こうしたことの積み重ねがAIをはじめとしたデジタルのテクノロジーが進化する基盤となっています。また、数値化できる領域を拡大してきたことで、複数KGIのバランスやKPIとの因果/相関など、これまでは埋もれていたより複雑で解決困難な問題が明確になってきたともいえます。
問題解決手法そのものを変革する
ここまで、「変革」が進まない5つの理由を挙げました。急速に変化し複雑化する環境では従来の問題解決方法が通用しにくくなっていると考えられます。その主たる原因は「わが社にとって今一番重要なことは何か」を客観的に説明できないことです。
現代では様々な事象に関するデータ取得が可能になっているのにも関わらず、多くの企業が採用している決着の付け方は、「話し合って決める」「リーダーの指示に従う」といった昔ながらの手法です。これでは現在の変化のスピードや多様化、膨大な情報量についていけず、問題解決のための整理は中途半端で客観性に欠け、何が最善であるかの判断も結局はリーダー次第ということになります。また、リーダーが良いと言ったら理屈が無くてもやってOKということになり得るため、事実を無視した多様な議論が生まれる原因となります。そして、こうしたことで発生する数々の問題が各企業の言う「DXが進まない」という話に象徴されているのではないかと考えられます。
変化と多様化の加速に対応するためには、多くの人が「誰かがやるだろう」「今までもこのやり方でやってきた」と思っている問題解決手法そのものの変革を進めるべきです。理想とするのは、日々変わる現状・全体俯瞰での課題・課題の重要度を高速・高精度で把握、それを経営から現場まで共有することで個々人が「指示」でなく「意思」をもって問題解決を進める環境です。もちろん、リーダーには客観的な事実が示す方向とは異なる判断を下す権限がありますが、それに伴う責任はより明確になるはずです。
ここで述べたことは少し前まで「理想ではあるが実現不可能」なことだと考えられてきました。しかし、AI時代に入った今は違います。意思を持ち実行を積み上げていくことで、すぐではないとしても着実に現実のものにすることができるはずです。


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